ARTIST
藤雅三
Fuji Masazō
1853 – 1916日本 出身大分県臼杵 / 東京 / フランス(パリ)
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■ 藤雅三の生涯 1853–1916
藤雅三(ふじ・がぞう、1853-1916)は大分県臼杵出身の洋画家。少年期に南画や陶器装飾に触れた後、明治9年(1876)に上京し、工部美術学校でイタリア人教師アントニオ・フォンタネージに西洋画を学んだ。明治18年(1885)工部省の技術者として渡仏し、パリでラファエル・コランに師事、外光派的な写実様式を学ぶ。明治21年(1888)に代表作「破れたズボン(破れたシャツ)」がフランス芸術家協会サロンに入選し、日本人として初期にサロン入選を果たした一人とされる。パリ留学中、法律を学びに来ていた黒田清輝に画業を勧め、久米桂一郎にも指導を行うなど、両者を洋画家への道に導いた人物として知られる。しかし現地女性との結婚問題等をきっかけにコランや黒田・久米らと疎遠になり、以後は日本に戻らずアメリカへ渡り、ニューヨーク近郊の陶器工場で図案指導者として働きながら生涯を終えた。1916年、アメリカで死去。
美術運動
工部美術学校・ラファエル・コラン門下(外光派の先駆)
明治時代
工部美術学校でアントニオ・フォンタネージに学んだ後、渡仏してラファエル・コランに師事し、外光的な写実様式を学んだ。黒田清輝・久米桂一郎を洋画の道へ導いた人物として知られる。
作品例
破れたズボン
フランス風景
油彩画
藤雅三から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
同時代の作家
黒
久
黒田清輝
1866–1924
藤の勧めで洋画を志したとされる後輩画家久米桂一郎
1866–1934
藤から素描の指導を受けたとされるラ
ラファエル・コラン
1850–1916
パリで藤が師事した画家ア
アントニオ・フォンタネージ
1818–1882
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