ARTIST
関口俊吾
1911 – 2002日本 出身日本 / フランス
1850189419381982現在
■ 関口俊吾の生涯 1911–2002
関口俊吾(1911–2002)は東京・パリの双方で活動した画家・版画の下絵の作者。画歴の早い1932年ごろ、近代化する首都を記録する広い記録の版画の動きの一環として、金田松堂/日本版画研究所が刊行した木版の連作「大東京百景」に水彩に基づく下絵を寄せた。1935年、フランス政府の給費でパリへ渡り、エコール・デ・ボザールに学んで、藤田嗣治(レオナール・フジタ)・荻須高徳ら当時パリで活動した日本人作家の圏に加わった。フォーヴィスムの色とフランスの風景画に影響された油彩の制作を深めつつフランスにとどまったが、1940年のドイツのパリ占領で帰国を余儀なくされた。帰国後もフランスとの美術上の縁を保ち、セーヌ沿いの眺めやサン=ミシェル近くの街角など、滞欧の年月に採ったパリの主題を描き続けた。戦後は国際的な出品を再開し、1952年のパリのサロン・ドートンヌで受賞、1959年のヴィッチ国際美術コンクールで受賞した。東京国立近代美術館(MOMAT)の収蔵に記録される。後年もパリを一部の拠点とし続け、1996年、高齢の身で帰国して銀座の画廊で個展を開いた。2002年に日本で没した。国外では広く知られないが国内では相応の評価を得て、その作の回顧展も開かれた。生地・具体的な師・さらなる出品歴は、あたった資料では記録が薄く、伝記の一部は二次資料を超えて独立に照合できなかった。
作品例
大東京百景
洋画版画
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この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
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