ARTIST
長谷川伝次郎
1894 – 1976日本 出身日本 / インド
1850189419381982現在
■ 長谷川伝次郎の生涯 1894–1976
長谷川伝次郎(1894–1976)は写真家・旅行家で、ヒマラヤを撮った最初の日本人とされる。1894年3月3日、東京・日本橋小伝馬町の、家具・木工の店を営む家に生まれた。東京高等師範学校の附属小学校に通い、1911年に附属の中学を出た。1923年の関東大震災で家が被災したのを機に、兄弟とともに北海道へ移り、釧路平野の鶴居村あたりに牧場を興した。1925年、インドへ渡り、ラビンドラナート・タゴールがサンティニケタンに興したヴィシュヴァ・バーラティ大学で美術を学んだ。南アジア滞在中の1927年にチベットのカイラス山への巡礼を行い、1928年にはカシミールを巡った。これらの旅が、1932年に中央公論社が2000部の布装の限定版として刊行した大型の写真集「ヒマラヤの旅」の礎となった。同書は、その旅とヒマラヤの地の写真の記録をまとめ、日本の著者・写真家によるヒマラヤの先駆的な視覚の記録とされる。1976年1月15日に没した。当時の日本の主流の美術界(画・彫刻の学派や出品団体、師の系譜)とおおむね無縁に活動したため、美術の修学・出品歴・受賞の詳しい情報はアクセスできる資料では乏しく、残る伝記のデータの多くは、通常の純粋美術の画歴ではなく、その旅と1932年の写真集に関わる。
作品例
ヒマラヤの旅
写真
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