ArtNote/作家/赤土社
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赤土社

日本 出身日本

赤土社は、1918年(大正7)に京都で、陶工の楠部彌弌(1897–1984)、八木一艸(1894–1973、京焼の伝統的な陶工で、のちの前衛陶芸家・八木一夫の父)、河村己多良によって興された陶芸家のグループ。個人の作家ではなく、当時の京都の陶芸(京焼)の保守的で工房に縛られた慣習を破ろうとした、京都の若い陶芸家の小さく非公式な集まりだった。会員自身の言葉によれば、その掲げた目的は「陶芸によって自然の深遠で不滅の美を表す」ことで、焼き物を単なる工芸の生産ではなく、絵画・彫刻に比しうる美術として位置づけた。近代日本の陶芸史の研究者は、赤土社を、陶芸を個の芸術の表現として扱う動きの早い芽生えとみなし、この傾向は、八木一艸の子・八木一夫が興しに加わった戦後の前衛のグループ・走泥社(走泥社)などにのちに結晶した。赤土社自体は短命で、会員が独立した画歴を追うなか1923年(大正12)ごろに自然に解消した。その翌年、楠部彌弌は名高い作「百仏飾壺」(百仏飾壺)をパリ万国博覧会に出品して受賞した。赤土社は正式な機関ではなく緩やかな集団として働いたため、全会員・展覧会・活動の詳しい記録は乏しく、残る情報の多くは創立者個人の伝記に由来する。

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