ARTIST
西垣籌一
1912 – 2000日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 西垣籌一の生涯 1912–2000
西垣籌一(1912–2000)は京都で活動した画家で、日本画(日本画)の伝統で制作したのち美術教育へと転じた。京都市立絵画専門学校(京都市立芸術大学の前身)に学び、「風景」(1936年)、「部屋」(1938年、ともに紙本着色)などの作を出品し、これらは今日、京都市美術館(旧・京都市立美術館、現・京都市京セラ美術館)の収蔵にあって、1930年代の京都画壇・官の展への参加をうかがわせる。1943年から1949年まで母校・京都市立絵画専門学校の助教授(助教授)を務め、のちに高校の教師となった。1964年、京都府亀岡の知的障がいのある人の入所の福祉施設・みずのき寮(のちのみずのき)で、入所者に自由な絵画の教室を開き、古い鶏舎を仮のアトリエとして、クレヨンで画用紙に自由に描くことを促した。その指導のもと、みずのきの入所者の作は国際的に認められ、スイス・ローザンヌのアール・ブリュット・コレクション(Collection de l'Art Brut)の常設の収蔵に入るアジアで最初の作となって、みずのきを日本のアール・ブリュット/アウトサイダー・アートの先駆の場として確立した。その教育の姿勢とその遺産は、みずのき美術館での服部正・奥山理子ら研究者のトーク・研究など、後年の学術の議論の主題ともなった。西垣は、通常の出品する作家の画歴というより、戦後日本の障がい者の美術教育での形成的な役割によって記憶される。
作品例
風景
部屋
日本画
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この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
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