ArtNote/作家/藤松博
ARTIST

藤松博

1922 – 1996日本 出身日本 / アメリカ
1850189419381982現在
■ 藤松博の生涯 1922–1996

藤松博(1922年7月12日、長野県生)は洋画家。1945年に東京高等師範学校を出た。戦後の前衛の美術の場で、読売アンデパンダン展に連なる実験的な作家の影響力ある擁護者・詩人で批評家の瀧口修造と知り合った。1952年に読売アンデパンダン展に「手相」で出品し始め、翌年には「花火」「玉乗り」などを出して、同展の名高い反権威・実験的な空気のなかで前衛的な感性で注目された。1956年に渡米し、1961年ごろまでニューヨークを拠点に、当時の国際的な現代美術の場に関わった。帰国後、具象と抽象を結ぶ独自の作風を築き、シルエットのような人の形(人型)や、色の斑で組む人物を作って、煤(すす)や型(ステンシル)を用いる手法と繊細な描線を併せ、光と影の効果を探った。円熟の作は「月(人型)」や、継続する連作「旅人」などに代表される。1996年12月1日、新宿の東京の病院で脳梗塞のため74歳で没した。画歴の記録は日本の美術のアーカイブの伝記の項目に限られ、読売アンデパンダンを超える出品歴・所属・受賞は、一件のアーカイブの資料(東文研の物故者データベース)を超えては独立に裏づけられなかったため、一部は慎重に扱うべきである。

作品例

旅人
月(人型)
洋画
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