ArtNote/作家/萩谷巌
ARTIST

萩谷巌

1891 – 1979日本 出身日本 / フランス
1800185719131970現在
■ 萩谷巌の生涯 1891–1979

萩谷巌(1891–1979)は福岡県朝倉郡生まれの洋画家。1891年12月17日に生まれ、1979年に東京・豊島の慶愛病院で心筋梗塞のため88歳で没した。1908年に教員を志して福岡県立小倉師範学校へ入るが、絵を志して中退し、09年に上京して白馬会の葵橋洋画研究所に学んだ。舞台の背景画などで生計を立てながら光風会に出品し、『筑後川』(1919年)『梅林』(1920年)などが入選した。1922年に渡仏し、パリのアカデミー・コラロッシでシャルル・ゲランに学び、モイズ・キスリングやアンドレ・ドランらと知り合った。1924年に『モンマルトル風景』がサロン・ドートンヌに入選し、26年には同展の会員に選ばれ、当時の日本人画家として名誉ある位置を得た。1927年に帰国して帰朝展を開いた後は、団体に定期的に出品するよりも個展を軸に独立して制作した。とりわけ薔薇の絵で知られ、『薔薇の萩谷』と呼ばれた。1979年、米寿を機に東京・福岡で回顧展が開かれ、日動出版から作品集も出たが、同年に没した。

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