ARTIST

絵金

1812 – 1876日本 出身土佐国(高知城下) / 赤岡町(現・香南市)
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■ 絵金の生涯 1812–1876

絵金(えきん)は本名弘瀬金蔵、文化9年(1812年)に土佐国高知城下の髪結いの子として生まれた幕末期の絵師。幼少より画才を示し狩野派に学び、21歳で土佐藩家老の御用絵師として士分に取り立てられる大出世を遂げた。しかし33歳頃に贋作騒動に連座して職を解かれ、狩野派からも破門・追放されたと伝わる。以後は弘瀬柳栄を名乗り、慶応年間より現・香南市赤岡町に定住して「町絵師・金蔵」として活動、地元の農漁民の求めに応じ芝居絵屏風・提灯絵・絵馬・凧絵などを数多く手がけ、「絵金」の愛称で親しまれた。血しぶきの描写など劇的で凄惨な芝居絵は特に著名で、須留田八幡宮の夏祭りに奉納された作品群が今も伝わる。1873年に中風で右手が不自由になった後も左手で制作を続け、1876年に没した。

美術運動

狩野派(のち破門・町絵師として独立)
幕末

狩野派の技法を学び土佐藩御用絵師となったが、贋作騒動により破門・追放され、以後は赤岡町の町絵師として独自の血みどろ芝居絵の様式を確立した。

作品例

伊達競阿国戯場 累
花衣いろは縁起 鷲の段
浮世柄比翼稲妻 鈴ヶ森
芦屋道満大内鑑 葛の葉子別れ
鎌倉三代記 三浦別れ
芝居絵屏風水墨画台提灯絵絵馬

絵金から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
喜多川相説
土佐派の絵師で師系の一つとされる

同時代の作家

池添楊斎
絵金の初期の師とされる絵師
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