ArtNote/作家/竹谷富士雄
ARTIST

竹谷富士雄

1907 – 1984日本 出身日本 / フランス
1850189419381982現在
■ 竹谷富士雄の生涯 1907–1984

竹谷富士雄(1907–1984)は現在の新潟県五泉市生まれの洋画家。村上中学を出て上京し、太平洋画会研究所に学んだのち、1931年に法政大学経済学部を卒業した。25歳でフランスへ渡り、シャルル・ブラン研究所や画家・林武のアトリエで学んで、1935〜36年頃に帰国した。東京に戻って藤田嗣治に私淑・師事し、1936年の第23回二科展に出品してデビューした。1940年の第27回二科展で樗牛賞を受けて会友となったが、まもなく新制作協会へ移り、以後、生涯この在野の団体に属した。『憩う男』(1942年)『働く男』(1943年)などで新制作協会新作家賞を受けた。1961年以降は延べ約10年をパリで過ごし、パステルのように柔らかで淡い色調で、フランスの街角や田園を描く抒情的な作風を築き、パリのマルセル・ギオ画廊で二度個展を開いた。大佛次郎・瀬戸内晴美・丹羽文雄らの新聞連載小説の挿絵も手がけた。1984年に東京・文京で大腸癌のため76歳で没した。

竹谷富士雄から広がる系譜

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