ARTIST
田村栄
TAMURA Sakae (nature photographer)
1906 – 1987日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 田村栄の生涯 1906–1987
田村榮(田村栄、1906–1987)は、主に戦前の日本で活動した写真家・写真編集者・批評家。1906年9月17日に生まれ、1987年に没した。1928年に東京写真専門学校を出て、オリエンタル写真工業に入り、はじめ宣伝部に、のちに写真雑誌『フォトタイムス』の編集部に移った。1933年に木村専一の後を継いで同誌の二代目にして最後の編集長となり、その立場から数多くの写真批評を発表した。日本光画協会の会員で、みずからの作品は、ソフトフォーカスやデフォルメを用いた、女性を主題とする抒情的で情感ゆたかな肖像を得意とし、なかでも『白い花』(1931年)は、のちに『日本近代写真の成立と展開』展の図録の表紙に使われるなど、最も広く紹介された一枚となった。芸術写真の出自に加え、新興写真や前衛写真協会、青年報道写真研究会などの実験的な潮流にも関わり、ピクトリアリズムの肖像から近代主義的な実験、報道まで幅広く手がけた。戦後の『多摩川の鳥』などが東京都写真美術館に収蔵されている。同名の自然・昆虫写真家(1910–2003)とは別人。
作品例
白い花
写真
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