ARTIST
田中坦三
1918 – 2011日本 出身日本 / フランス
1850189419381982現在
■ 田中坦三の生涯 1918–2011
田中坦三(1918年7月25日–2011年2月9日)は、四国・愛媛県南宇和郡一本松(現・愛南町の一部)に生まれた美術家。学童の頃、世界美術全集で日本語に「蛾の踊り」と訳されたパウル・クレーの作の複製に魅せられ、それを美術家を志す決め手だったとのちに語った。はじめ西洋画(油彩)を学び、1938年に油画の分野へ進んで、同郷の愛媛出身の木版画家・畦地梅太郎の勧めで、日本有数の在野の出品団体・国画会の第13回展に出品した。1950年代から次第に彫刻へ転じ、宇和島文化会館の「田中坦三彫刻展」(1955年)、愛媛相互銀行・愛媛新聞社主催の展(1956年)、銀座の三枝画廊の木彫展(1960年)、有楽町の型破りな「三時間木彫個展」(1961年)など、愛媛・東京で木彫・彫刻の個展を重ねた。1967年にパリで建築家・造園家のトーマス・ハタシタと出会い、ジャック・アモニオのパリの邸などで石彫・庭の設計に携わって、1960〜70年代にフランスで活発に活動した。晩年まで出品を続け、有楽町のマリオン朝日ギャラリーでの個展(1986年)や、1975年の「愛媛の作家101人」展で木彫「くみ」を示した。2005年1月に石彫二十数点を津島町に寄贈し、のちに田中坦三記念館が設けられた。愛媛県美術館での没後の回顧展は「美と遊んだ生涯」と題され、その遊び心に満ちた作風を映した。
作品例
くみ
彫刻洋画
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この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
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