ArtNote/作家/水越与三兵衛
ARTIST

水越与三兵衛

? – 1845日本 出身日本

水越与三兵衛は江戸後期の京焼の陶工で、弘化2年(1845年)に没した。正確な生年ははっきり記録されないが、およそ40歳で没したとする資料もあり、それに従えば十八世紀末から十九世紀初めの生まれとなる。人名事典の項目(コトバンクなど)によれば、京都・三条の裕福な商家・杉浦家に生まれた。京都・岡崎あたりで活動した文山という陶工に、清水焼を主として作陶を学んだ。文化年間(1804–1818)ごろ、京焼の産地・清水寺近くの歴史ある陶の坂・五条坂に自らの窯を築いた。店は屋号「伊勢屋」で知られ、印章に「与三」「与三蔵」を用いた。号「長和軒展」(読みは資料により揺れる)でも記録される。興した窯・工房は、同名を継ぐ後継の三代にわたって続いたと伝わり(後の代も「水越与三兵衛」を名乗り、記録に残る「二代」の作り手を含む)。彼に帰される色絵の盃・茶碗など清水焼の伝統の現存作が、文化遺産オンラインや京都国立博物館の収蔵品データベースを含む日本の美術館・競売の記録に現れる。江戸後期の、あまり知られないが歴史的に記録の残る京焼の陶工の一人に数えられる。以上を超える、文山以外の具体的な修学・出品歴・受賞などのまとまった学術的伝記は乏しく、あたった資料では確認できなかった。

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