ARTIST
水船六洲
1912 – 1980日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 水船六洲の生涯 1912–1980
水船六洲(本名・田中六洲、1912–1980)は広島県呉生まれの彫刻家・版画家。書家の父を持ち、画家・水船三洋の弟。1930年に東京美術学校へ入り、絵画ではなく彫刻科を選んで36年に卒業した。在学中の1932年に新版画集団の結成に加わり、35年に同校で木版を教え始めた創作版画運動の中心人物・平塚運一の指導のもとで木版画を深めた。戦後は美術教育と制作を両立し、1960年頃から77年まで関東学院小学校の校長を務めた。彫刻家として戦前の官展や戦後の日展・日本芸術院展で活躍する一方、前衛的な実験も進め、彫刻の量感と絵画的な彩色を融合した大胆に彩色した木彫で知られた。1967年の第10回日展で『燭あかり』により内閣総理大臣賞、71年に『紬唄』で日本芸術院賞を受けた。1961年には作品が高く評価された米国のマールボロ・カレッジに招かれた。日本版画協会の会員として、水性インクによる半抽象の木版画でも国際的に評価された。
作品例
燭あかり
紬唄
彫刻木版画版画
水船六洲から広がる系譜
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