ARTIST
樫野南陽
1887 – 1956日本 出身日本
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■ 樫野南陽の生涯 1887–1956
樫野南陽(1887–1956)は1887年、淡路(現・兵庫県淡路市)に生まれた日本画家。京都市立美術工芸学校で絵を学び、名高い京都の画家・竹内栖鳳の圏に入ってその多くの門人の一人となった。二十歳のとき、1907年の第1回文展に「真水潮水」で三等入選し、栖鳳の画塾が明治期に牛耳った競い合う京都画壇での早い評価を得た。しばらく京都画壇で活動したのち、やがてそこから退いた。1927年(昭和2)に大阪府池田市へ移り、以後1956年(昭和31)の没まで同地で描き制作を続けた。その作と足跡はとりわけ池田あたりと結びつき、池田市立歴史民俗資料館が作を所蔵する。同館は1988年10月22日から12月5日まで、再発見された作を紹介する回顧展「遊・爽・美 いま甦る樫野南陽」を開いた。以上を超える、作風の展開・後年の出品歴・1907年の文展入選以後の具体的な受賞は、アクセスできる資料では記録が薄く、画歴の全体を確かにするには展覧会図録・地域の美術館の記録などのさらなる一次資料が要る。
作品例
真水潮水
日本画
樫野南陽から広がる系譜
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