ArtNote/作家/染川鐵之助
ARTIST

染川鐵之助

1912 – 1982日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 染川鐵之助の生涯 1912–1982

染川鐵之助(「染川鉄之助」とも、1912–1982)は主に東京で活動した鋳金家。1912年5月25日、鹿児島県に生まれた。1939年に東京美術学校(東京藝大の前身)の工芸科の鋳金部を出た。在学中の1937年に同級生と敬意工芸会を組織して年二回の展を開いた。卒業後は実在工芸展に出品した。戦後は1948年に鋳金家協会、1952年に創造工芸協会に加わった。出品の画歴は主に官展系の日展を通じて築き、1952年に「噴水人魚」で初入選、1954年の第10回日展で「飛天」が特選を受け、1955年の第11回日展で「水呑場の構成 いこいの場に置く」が北斗賞を受けた。のちに日展の評議員・審査員を務めた。1948年から東京・町田の私立の日本聾話学校で図画・工芸を教え、聴覚に障がいのある生徒の美術教育にも寄与した。1980年に第30回日本芸術院賞(恩賜賞・文部大臣より)を受けた。1982年2月から鋳金家協会の会長を務めた。1982年7月19日、新宿の東京医科大学病院で急性出血性心不全のため70歳で没した。伝記は東京文化財研究所の物故者アーカイブ(日本美術年鑑に基づく)が裏づけるが、独立の英語資料や美術館の図録は乏しい。

作品例

飛天
水呑場の構成
金工鋳金
染川鐵之助の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。 誤りを報告する