ARTIST
村田徳次郎
1899 – 1973日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 村田徳次郎の生涯 1899–1973
村田徳次郎(1899–1973)は主に大阪・京都・東京で活動した彫刻家。大阪・南区心斎橋筋に、半衿の専門店『衿徳』を営む村田徳松の長男として生まれた。家業を継ぐはずだったが、1914年に京都市立美術工芸学校の予科に入り、図案科を経て1919年に卒業した。兵役と家業を経て、1924年に日本美術院に入って本格的に彫刻へ転じ、石井鶴三を私淑・師事し、喜多武四郎や松原松造ら彫刻家と交わった。1926年、『小児像』が第13回院展に入選して以後、院展に連続入選した。1932年の第19回院展では『女坐像』ほかで日本美術院賞を受けた。1938年の第25回院展で『肘つける少女』などを出品して日本美術院の同人に昇格し、1961年2月に同院彫刻部が解散するまで中心的存在であり続けた。1973年に東京・板橋の病院で膵臓癌のため74歳で没した。
作品例
女坐像
彫刻
村田徳次郎から広がる系譜
ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
村田徳次郎の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
誤りを報告する