ArtNote/作家/村田博
ARTIST

村田博

1941 – 日本 出身日本 / アメリカ
1850189419381982現在
■ 村田博の生涯 1941–2026(存命)

村田博は1941年、東京生まれの画家。アメリカへ渡り、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(BFA、1964年)とイェール大学の美術・建築学部(MFA、1966年)で、アメリカ戦後の抽象の環境のなかで学んだ。以後おもにアメリカで経歴を築き、ウェスタン・ミシガン大学の美術の准教授(1966〜70年)、続いてカレッジ・オブ・ニュージャージー(トレントン)の美術の教授を1972年から1991年の退職まで務めた。国際的には、日本生まれのアメリカの作家として目録されることが多い。教職を退いてからはニューメキシコ州サンタフェに暮らし制作し、大きな公共の注文も手がける。主にカンヴァスにアクリルで大型の抽象絵画を作り、リトグラフ・シルクスクリーンの版画も制作した。1970年代前半の絵はしばしばメソアメリカ(マヤ)の意匠に取材し、「パレンケ」「カバーの夢」(ともに1972年)などの作が、日本の国立の近代美術館(東京国立近代美術館・京都国立近代美術館)の収蔵に入り、日本の国の収蔵に迎えられた日本生まれの作家としての地歩を示す。アメリカではホイットニー・ビエンナーレ(1975年)に出品され、ニューヨーク近代美術館・メトロポリタン美術館・ホイットニー美術館・ナショナル・ギャラリー・スミソニアン・アメリカ美術館などに所蔵される。ニューヨークのポート・オーソリティ・バスターミナル、ニューアークの地下鉄、ニュージャージー・トランジットの駅、ニュージャージー州会議事堂などの公共美術の注文も数多く手がけた。日本での初期の生い立ちやRISD以前の師、日本の出品団体との関わりは資料で裏づけられず、同名同年生まれの無関係の現代の陶芸家・村田博(陶芸家・村田元の子)とは混同すべきでない。

作品例

パレンケ
カバーの夢
絵画版画
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この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。 誤りを報告する