ARTIST
新海玉豊
1939 – 2021日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 新海玉豊の生涯 1939–2021
新海玉豊(1939–2021)は、乾漆でとりわけ知られる漆芸家。乾漆は、奈良時代の仏像に起源をもち、漆を染み込ませた麻布を取り外し可能な芯に何層も重ねる技である。新海は、この乾漆を抽象的・非具象の彫刻の形に応用した近代の早い漆芸家の一人で、伝統的な粘土や木ではなく軽い発泡スチロールの芯を用い、その上に麻布と漆を重ねてのちに芯を取り除く(溶かす)方法を編み出した。この工夫は完成作を大きく軽くし、従来の乾漆・木心の技の構造的な制約から解き放って、立体の漆の彫刻により自由な構成を可能にした。主に京都で活動し、京都市立芸術大学の漆・工芸の課程の教員を務めた。この教職を通じて京都で学ぶ一世代の漆芸家に影響を与え、現代の漆の彫刻家で同大の教授・笹井史恵(1973年生)は、彼の乾漆の方法を直に学び、自らの制作の礎としてその技を挙げている。この記録された教えの系譜を超える、新海自身の修学・出品歴・画廊での取り扱い・受賞は、日本語・英語の資料では独立に確認できなかった。おおむね戦後日本の装飾漆芸・乾漆彫刻の重要な代表と目される。さらなる経歴・栄誉の確認には、美術館の記録や人名事典など一次資料の調査が要る。
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この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
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