ArtNote/作家/広田多津
ARTIST

広田多津

1904 – 1990日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 広田多津の生涯 1904–1990

広田多津(1904–1990)は京都で活動した日本画家で、ゆたかで温かな女性像、とりわけ裸婦や舞妓・芸妓の姿で知られる。竹内栖鳳の門下で美人画の名手・三木翠山に紹介され、約一年その家に住み込んで基礎を学んだ。のちに竹内栖鳳自身の画塾・竹杖会に入り、さらに西山翠嶂の青甲社で学んで、近代京都日本画の主要な系譜に連なった。1936年に官展の文展に入選して世に出た。1939年、裸婦を描いた『モデル』が第3回新文展で特選となり、女性裸婦の画家として頭角を現し、以後、その豊麗な独自の様式を深めた。戦後の1948年、日本画の近代化を目指す京都の若手集団・創造美術の創立会員となり、同会はのちに創画会へと発展した。1955年頃、『大原の女』で上村松園賞を受けた。1977年に京都日本画専門学校の校長となり、78年に京都府・京都市の文化功労を受けた。1990年に没した。

作品例

モデル
大原の女
日本画

広田多津から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
三木翠山
最初に学んだ美人画の師
竹内栖鳳
竹杖会で師事
西
西山翠嶂
青甲社で師事
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