ARTIST

幸寿

1911 – 2003日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 幸寿の生涯 1911–2003

幸寿(1911–2003)は大分県大野郡千歳村に生まれた洋画家。早稲田大学を中退し、おおむね独学で絵を描いた。1936年の独立展で発表の初舞台を踏み、1940年ごろから文化団体展(美術文化協会展)に出品して、1943年に受賞し以後会員となった。その仕事と物の見方は、1956年ごろから始まる大分の精神科の病院での入院に深く形づくられ、そこで過ごした二年が、最もよく知られる「狂女」の連作へと直につながり、心理的な緊張をたたえた独自の個人様式を築いた。1958年に、旧来の官許のサロンの外の戦後の独立の団体の一つ・新造型美術協会の設立に加わった。1960年の現代日本美術展に出品し、以後も東京と九州で個展・グループ展を重ねて活動した。油彩「狂女」(1973年、115.5×89.8cm)は東京国立近代美術館(MOMAT)に、ほかの作は大分市美術館に所蔵される。2003年に92歳で没した。この作家の詳しい情報は、わずかな日本語の美術館・地域の美術史の資料の外では乏しく、伝記の一部は独立に照合しきれなかった。

作品例

狂女
洋画
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