ArtNote/作家/平野杏子
ARTIST

平野杏子

1930 – 日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 平野杏子の生涯 1930–2026(存命)

平野杏子(1930年生まれ)は神奈川県伊勢原生まれの洋画家・彫刻家。戦後の1954年から神奈川県平塚市を拠点とし、62年にアトリエを構えた。共立女子短期大学在学中に大久保作次郎・三岸節子に学び、黄土会展に出品して受賞した。版画はほぼ独学で、1959年に鎌倉にリトグラフの工房を設け、銅版(エッチング)も学んだ。同世代では数少ない現役の女性画家として、結婚・出産・育児を経ても描くことを『生きることそのもの』として続けた。初期は風景や静物の具象だったが、40代頃から華厳経など仏教の宇宙観に着想した大画面の抽象へ向かい、女性9名の集団による『潮』展で中心的役割を果たした。1970〜79年には韓国の慶州・南山で磨崖仏の調査を行い、新羅の石彫の美を研究、その成果が代表的な連作『磨崖仏讃』に結実した。絵画と彫刻、具象と抽象を行き来する。作品は横浜美術館などに収蔵されている。

作品例

磨崖仏讃
絵画彫刻

平野杏子から広がる系譜

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