ArtNote/作家/平福穗庵
ARTIST

平福穗庵

Hirafuku Suian
1844 – 1890日本 出身秋田県(角館) / 京都 / 函館
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■ 平福穗庵の生涯 1844–1890

平福穗庵(1844-1890)は、出羽国角館(現・秋田県仙北市)出身の日本画家。地元の画家竹村文海に円山四条派の手法を学び、長山孔寅らの画本で自学したのち、1860年から6年間京都に遊学して古画の模写や写生に努めたが、特定の師には就かなかった。維新の混乱で帰郷後、明治期には函館に滞在し、平沢屏山らの影響を受けてアイヌ風俗を描いた作品でも知られる。1880年の秋田県第三回勧業博覧会で「乞食図」により一等賞を受賞、1890年の第三回内国勧業博覧会でも「虎児哺育図」により妙技二等賞を得て、中央画壇に地位を確立した。寺崎広業らを門人に持つ。同年、脳卒中により没した。子の平福百穗も日本画家として知られる。

美術運動

円山四条派
幕末~明治期

写生を重視する円山派と洒脱な筆致の四条派を統合した京都発の絵画様式。穂庵は独学的に学び、写生と大陸絵画・文人画の要素を融合させた。

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作品例

乞食図
虎児哺育図
アイヌ風俗図
日本画肖像・人物画花鳥画アイヌ風俗画

平福穗庵から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
平福百穂
1877–1933
息子(日本画家)
竹村文海
1797–1863
角館での最初の師

同時代の作家

寺崎広業
1866–1919
門人
平沢屏山
1822–1876
函館滞在中に影響を受けた画家
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