ARTIST
山脇信徳
Yamawaki Shintoku
1886 – 1952日本 出身高知 / 東京 / パリ(フランス)
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■ 山脇信徳の生涯 1886–1952
山脇信徳(やまわき しんとく、1886–1952)は高知県出身の洋画家。1910年に東京美術学校西洋画科を卒業。在学中の1909年、第3回文展に出品した「停車場の朝」が印象派的な画風で高く評価され、バーナード・リーチや高村光太郎から「日本のモネ」と称されるほどの絶賛を受け、画壇に鮮烈な登場を果たした。卒業後は滋賀・膳所中学校などで教員を務め、満州でも教鞭を執った。春陽会創立に参加し会員となったのち、1923年頃には国画会(国画創作協会)会員となる。1920年代にはヨーロッパへ渡り、パリを拠点に南フランスやイタリアを巡って多くの作品・素描を残した。帰国後は郷里の高知に定住し、国展を中心に作品を発表する一方、後進の指導や高知県美術展覧会の設立にも関わり、郷土の美術振興に貢献した。1952年に高知で没した。
美術運動
春陽会・国画会(国画創作協会)/印象派的洋画
明治末期〜昭和前期
文展での印象派的作品で注目された後、春陽会創立に参加、のち国画会会員として国展に出品を続けた。
作品例
停車場の朝
洋画(油彩)素描
山脇信徳から広がる系譜
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同時代の作家
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