ARTIST
山田新一
1899 – 1991日本 出身日本 / フランス
1850189419381982現在
■ 山田新一の生涯 1899–1991
山田新一(1899–1991)は大正・昭和期に活躍した洋画家。日本統治下の台北に生まれ、本籍は宮崎県都城。父の赴任で各地を移り、1917年に都城中学を卒業。上京して川端画学校を経て、18年に東京美術学校西洋画科へ入り、藤島武二に学んで佐伯祐三と親交を結んだ。1926年頃から30年までフランスに渡り、パリのグランド・ショーミエール研究所でエドモン・アマン=ジャンに学び、サロン・ドートンヌに出品した。1923年に京城(ソウル)へ移って公立学校で教え、朝鮮美術展覧会に出品して24年に三等、33年に昌徳宮賞を受け、45年の敗戦まで朝鮮に暮らした。『龍車の像』が1925年に帝展に初入選。戦後は京都に定住して日展に出品を続け、48年から光風会に加わった。1950年の第6回日展で『湖上の客船』が岡田賞を受けた。京都工芸繊維大学などで教えた。
山田新一から広がる系譜
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