ARTIST
山岡米華
1869 – 1914日本 出身高知県(土佐) / 東京
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■ 山岡米華の生涯 1869–1914
山岡米華(やまおか べいか、1869-1914)は明治・大正期の南画家。土佐国(高知県)出身。本名は尚樹。高知の師範学校在学中に名草逸峰に南画を学んだが、父の反対にあい上京、川村雨谷に師事して南画を、長三洲に書を学んだ。宮内省や船会社に勤めながら佐竹永湖の指導を受け、中国にも渡って明清画を研究。日本南画会などに出品したのち、1906年に松林桂月らとともに日本南宗画会を結成した。1907年の東京勧業博覧会では「秋山閑居」で一等賞を受賞。のちに文展の審査員も務め、蒿谷画塾で南画の指導にあたった。1914年、45歳で死去。
美術運動
日本南宗画会(南画・文人画)
明治後期〜大正期
1906年に松林桂月らとともに結成した南画(文人画)系の団体。中国明清画の研究を基盤とした南画の復興を志向した。
作品例
秋山閑居
日本画(南画・文人画)
山岡米華から広がる系譜
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同時代の作家
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