ARTIST
山元桜月
1889 – 1985日本 出身日本
1800185719131970現在
■ 山元桜月の生涯 1889–1985
山元桜月(1889–1985)は滋賀県大津生まれの日本画家で、画業の後半をほぼ富士山を描くことに捧げたことで知られる。本名は三郎。1900年、11歳頃に叔父で近代京都画壇の大家・山元春挙(1871–1933)の門に入り、春汀の号を受けた。京都の日本画を学び、官展に出品、1914年に『奔流』が第8回文展に入選し、以後、文展・帝展で連続入選を重ね、1928年に帝展の無鑑査推薦作家となった。叔父で師の春挙が1933年に没した後、1935年に号を春汀から桜月へ改め、帝展から退いて画商とも縁を切った。1940年に富士山麓の山中湖村へ移り、以後は富士山の写生と観察に専心し、これが唯一の主題となった。横山大観は彼を『富士の真の姿を描くのに最もふさわしい画家』と評したと伝わる。作品は東京富士美術館などに収蔵されている。
作品例
奔流
日本画
山元桜月から広がる系譜
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