ARTIST
小見寺八山
1889 – 1934日本 出身日本
18001850190019502000
■ 小見寺八山の生涯 1889–1934
小見寺八山(本名・小見寺七郎)は1889年、新潟県に生まれ、主に奈良で活動し、1934年に45歳で没した洋画家。上京して太平洋画会の研究所で満谷国四郎に西洋画を学び、郵便局や、のちに警察署の仕事で生計を立てた。山口という銀行員の縁で1910年代半ばに奈良へ移り、以後同地を生涯の拠点として、奈良の寺院や風景を描いた数多くの風景画を制作した。渡欧して、「ヌエ」と題する作がパリのサロン・ドートンヌに入選し、のちに中国も訪れて(1926年ごろ)帰国後に個展を開いた。国画会、官展の帝展、太平洋画会などに出品し、1929年に太平洋画会の正会員となった。1934年に絵画のグループ「七彩会」を興し、その第1回展を組織したが、同年のうちに没した。小見寺は、自らの画業を超えて、小説家・志賀直哉の短編「寂しき生涯」の主人公の実在のモデルとしても歴史に残り、志賀の奈良在住の頃の親交を映す。奈良への移住や渡欧の正確な年は二次資料で少し揺れ(それぞれ1913〜16年ごろ、1914〜21年ごろ)、作品の一次的な記録も乏しいため、一部の伝記の細部はおおよそのものとすべきである。
作品例
ヌエ
洋画
関連の深い作家
小見寺八山の作品と出会ったら、ArtNoteで記録しよう作品を撮るだけ。タイトルも作家も、AIが整理します。
アプリを入手
この解説はAIが生成し、ArtNote編集部が確認しています。
誤りを報告する