ArtNote/作家/天岡均一
ARTIST

天岡均一

1875 – 1924日本 出身日本
18001850190019502000
■ 天岡均一の生涯 1875–1924

天岡均一(1875–1924)は明治末から大正にかけて東京と大阪で活動した彫刻家。摂津三田藩の上級の家臣の家に生まれた(現・兵庫県三田)。東京美術学校(現・東京藝大)で彫刻を学び、高村光雲・竹内久一のもとで主に仏像の木彫を修めた。卒業後、岡倉天心が興した日本美術院に入り、彫刻の実技の主任を務め、古社寺の国宝の仏像の修理や模造に携わった。1900年ごろ大阪(現・天王寺区の新報院町あたり)に拠点を移し、「天岡鋳金所」を開いて、仏像彫刻に加えて西洋式の青銅彫刻を盛んに手がけた。写実的な肌合いの蛙などの動物を主題とする青銅の作でも知られ、仏像の注文も続けた。1918年には大阪の他の五名の彫刻家とともに大阪彫塑会を興し、大阪の彫刻界の振興に努めた。最もよく知られる作は、1915年に大阪・難波橋に据えられた一対の青銅の獅子像で、今も大阪の名高い目印であり、彼の代表作としてよく挙げられる。1924年に没した。2024年には大阪歴史博物館で生誕の記念展が開かれ、「難波橋のライオン像を作った大阪の彫刻家」として紹介された。

作品例

難波橋の獅子像
彫刻

天岡均一から広がる系譜

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