ARTIST
大江文象
1898 – 1979日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 大江文象の生涯 1898–1979
大江文象(1898–1979)は、日本有数の伝統的な陶磁の産地・愛知県の瀬戸赤津で活動した陶芸家。1898年(愛知県知多の生まれと伝わる)に生まれ、若い頃に小寺雲節に日本画を学んだのち陶芸に転じた。1933年(昭和8)に帝展に初入選した。1938年(昭和13)には、名高い陶芸家で目利きの北大路魯山人が営む陶芸の研究所(鎌倉の星岡窯に連なる)に入り、魯山人の美意識と施釉の陶への技法上の姿勢を吸収した。1940年(昭和15)に瀬戸赤津に戻って自らの制作を確立し、彫文や櫛目の装飾の技、とりわけ彫り込んだ鶉の文様を得意として、「鶉の文象」と呼ばれた。この櫛目文の技が公的な評価の基となり、1977年に愛知県の無形文化財(櫛目文)の保持者に認定された。1979年(1月23日とする資料もある)に80歳ほどで没した。画商・記録の情報に挙がる代表作に、麦の意匠の黄瀬戸の壺や、櫛目の花鳥の壺などがある。記録は地域の陶磁の参考資料や競売・画商の情報に依るところが多く、正確な生地・年など一部は部分的な裏づけにとどまる。
大江文象から広がる系譜
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