ARTIST
倉員辰雄
1900 – 1978日本 出身日本
1850189419381982現在
■ 倉員辰雄の生涯 1900–1978
倉員辰雄(1900–1978)は福岡県八女郡生まれで主に東京で活動した洋画家。中学を出て台湾銀行に勤めたのち、1922年に退職して上京し、まず川端画学校に学んだ。1924年に東京美術学校西洋画科へ入って岡田三郎助に学び、29年に卒業した。同年、『風景』が第10回帝展に入選して画歴が始まった。以後、帝展とその後継の展覧会で複数の特選や文化・奨励の賞を受け、1937年には昭和洋画奨励賞も受けた。とりわけ岩壁や山の稜線を描く作で知られ、『岩蔭』(1933年)『崖』『峰』『嶽』などの題がある。1940年に、のちに日展の構成団体の一つとなる油彩の団体・創元会の創立に加わり、同会で会員・常任委員として活動した。1954年からたびたび日展の審査員を務め、58年に日展会員、60年に理事、76年に参与となった。1978年5月5日に東京・阿佐ヶ谷の病院で急性肺炎のため78歳で没した。資料は東京文化財研究所の物故者資料などに依り、川端画学校での修学など一部は独立に裏づけられない。
作品例
岩蔭
油彩洋画
倉員辰雄から広がる系譜
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