ArtNote/作家/ラグーザ玉
ARTIST

ラグーザ玉

1861 – 1939日本(のちイタリアに帰化・在住) 出身東京(江戸・芝) / パレルモ(イタリア・シチリア)
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■ ラグーザ玉の生涯 1861–1939

ラグーザ玉(清原玉、洗礼名エレオノーラ・ラグーザ)は1861年に江戸・芝に生まれ、1939年に東京で没した日本の女性画家。若くして絵の才を示し、来日中の彫刻家ヴィンチェンツォ・ラグーザに西洋画の指導を受け、そのモデルも務めた。1882年、ラグーザの帰国に伴い両親とともに渡伊し、1889年に結婚してシチリア・パレルモに定住。ラグーザが開設した高等美術工芸学校(パレルモ美術工芸学校)で女子部門を主宰し、日本の漆芸・染織・絵画を指導した。南イタリア美術展やイタリア各地の博覧会、シカゴ万博などで作品を発表し受賞歴を持つ。1927年に夫と死別後、1933年に約半世紀ぶりに日本へ帰国し、故郷の芝で花卉や静物を描き続けた。日本人初期洋画家の一人として、また日伊文化交流の先駆者として知られる。

美術運動

洋画(日本人初期洋画家)
明治~昭和初期

工部美術学校で洋画の基礎を学び、渡欧後は西洋の写実的油彩表現とイタリア工芸教育の中で活動した日本初期洋画家の一人とされる。

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作品例

肖像画(自画像)
静物画(草花)
静物画(野菜)
風景画
油彩画工芸(漆芸・染織指導)

ラグーザ玉から広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
清原孝
父(通訳・清原姓の由来)

同時代の作家

ヴィンチェンツォ・ラグーザ
1841–1927
夫。彫刻家、工部美術学校教師
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