ArtNote/作家/フェレッティ, プロスペッロ
ARTIST

フェレッティ, プロスペッロ

1836 – 1893イタリア 出身日本(東京) / イタリア(レッジョ・エミリア/ブレーシャ) / インド
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■ フェレッティ, プロスペッロの生涯 1836–1893

プロスペロ・フェレッティ(Prospero Ferretti、1836-1893)は、イタリア・レッジョ・エミリア出身の洋画家。第三次イタリア独立戦争に義勇兵として従軍し捕虜となった経験を持つ。その後画業に復帰し、1873年にはインドに渡り、ヴィクトリア女王のインド女帝宣言を描いた大作で名を上げた。1878年、日本の工部美術学校でアントニオ・フォンタネージの後任として画学科教師に着任し、1880年まで絵画・素描を指導した。しかし前任者を慕う学生の不満から多くが同校を去り、十一会結成につながったとされる。晩年はブレーシャで没した。

作品例

日本の寺院の入口(Entrata di un Tempio Giapponese)
洋画肖像画歴史画

フェレッティ, プロスペッロから広がる系譜

ノードに触れると関係が表示・ドラッグ可
アントニオ・フォンタネージ
1818–1882
工部美術学校画学科の前任者(フェレッティが後任として招聘された)
アキッレ・サン・ジョヴァンニ
フェレッティの後任として工部美術学校画学科教師を務めた
ヴィンチェンツォ・ラグーザ
1841–1927
工部美術学校で彫刻学科教師として同時期に在職した同僚

同時代の作家

アントニオ・フォンタネージ
1818–1882
工部美術学校画学科の前任教師
ヴィンチェンツォ・ラグーザ
1841–1927
工部美術学校彫刻学科の教師として同時期に在職
アキッレ・サン・ジョヴァンニ
フェレッティの後任として画学科教師を務めた
小山正太郎
1857–1916
工部美術学校で学んだ画家、十一会創設に関わった
浅井忠
1856–1907
工部美術学校でフォンタネージらに学んだ洋画家
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